A・E・コッパード『郵便局と蛇』/荒俣宏編『怪奇文学大山脈Ⅱ』

編者西崎憲さんよりいただきし『郵便局と蛇──A・E・コッパード短篇集』を読み、その余勢?を駆って荒俣宏編『怪奇文学大山脈Ⅱ 西洋近代名作選〈20世紀革新篇〉』を通読す(『Ⅰ』まだ途中なのにも拘らず)。

http://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480432070/

http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488010218

西崎氏はこのコッパード傑作集においては〈怪奇小説〉という言葉を1度も使っていない。一方『大山脈Ⅱ』の荒俣氏は逆に〈怪奇小説〉という言葉にこそ徹底的にこだわり、〈怪談〉や〈恐怖小説〉等他の類語とどう変遷し合ってきたかを調査詳述する。勿論西崎氏とて『怪奇小説日和』(その前身『怪奇小説の世紀』も)をやってるぐらいだからその語が嫌いなはずはないが、コッパードに関する限りそもそもそこに限定される作家ではなく(その点は荒俣氏も言ってる)、ジャンル分け不可能な〈作家西崎憲〉との通底あるいは特段の相性のよさがあるようだ。「銀色のサーカス」の諧謔「郵便局と蛇」の奇想「若く美しい柳」の寓話「アラベスク──鼠」の悲嘆「シオンへの行進」の神秘──等々がコッパードの評伝(と言えるほど長い作家紹介)とともにここでも〈西崎憲世界〉を形作る。

その西崎氏が『大山脈』では今回8篇も訳を担当してる。荒俣氏は西崎氏にとって大先輩であると同時に今やライバルでもあらざるをえないが、こちらでは〈荒俣世界〉の構築に協力する翻訳師の役割に徹している。これぞE・L・ホワイト!と言うべき怪異の極致「鼻面」をはじめハートリー「島」ウォルポール「海辺の恐怖」ウェイクフィールド「釣りの話」サーフ「近頃蒐めたゴースト・ストーリー」等ときにユーモアを含みながらなおいずれも凄絶、この第2巻の主調音を奏でている。

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ところで面白いのはコッパード「銀色のサーカス」の平井呈一訳バージョン「シルヴァ・サアカス」が『大山脈Ⅱ』に復刻されてること。まるで落語調な会話部分が頗る愉快で、荒俣氏は落語とこの作との因果関係に言及してる。ところがそのことについては西崎氏が『郵便局と蛇』でもっと遥かに詳細に調査分析してる。これが宇野浩二快楽亭ブラック(明治期の)まで登場し非常に謎めく興味深い考証。また荒俣氏は平井訳を本邦初訳としてるが、西崎氏はそれに1年先んじる鈴木謙一郎訳「銀の曲馬」というのを自ら発見した旨報告してる。これは流石の荒俣氏も知らなかったと見えるが、それは兎も角、1つの短篇の2バージョンが期せずして同じ頃出たのは何やら共時的偶然の感(というのは大袈裟か)。

というわけで西崎さんありがとうございました! 

郵便局と蛇: A・E・コッパード短篇集 (ちくま文庫)

郵便局と蛇: A・E・コッパード短篇集 (ちくま文庫)

 

  

 

 

 

 

 

蛇足めくが、荒俣氏が〈怪奇小説〉という呼び方に今なお敢えてこだわってる一方で、やはり後輩にしてライバルである東雅夫氏が現在〈怪談〉という呼び方(荒俣氏はその語は古いと言わんばかりだが)を復権さすべく奮闘してる状況はちょっといいと思う。というのはそれらは単に言葉のニュアンスの違いだけでなく、もっと大きなうねりの別面を捉え合ってるような気がするから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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