『犬神家の一族』(※若干ネタ割り気味?注意)

先頃買ったDVDコレクション版〈横溝正史シリーズ〉古谷一行主演『犬神家の一族』(上下) ↓ ようやく視聴…

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…の機に前後して映画版(1976東宝 市川崑)『犬神家の一族』およびそのリメイク版(2006)も相次ぎ再見(TSUTAYAレンタルにて)。
原作物ミステリー映像論の座右書 千街晶之『原作と映像の交叉光線』は冒頭に1976年版『犬神家…』論「箪笥の奥の闇」を置くが同論は意外にも〈横溝シリーズ〉版『犬神家…』に触れていない(その代わり市川崑リメイク版および2004CX2サス版(稲垣吾郎主演)についてはかなり詳しく書いている)。千街氏が古谷版を視てないはずはないのでおそらく限られた紙幅で論旨を尖鋭にするため敢えて外したのではと想像される。それは兎も角、千街氏の見方によれば76年版の肝は原作にない「オカルト的要素が非常に濃厚」である点で、それは主に長田紀生の脚本によって創られた(当初は出来上がりよりもっとオカルティックだったのを監督市川がスリム化したらしい)が、しかし「怪談映画になった原因は実は原作そのものに胚胎していたのではないか。それも作者たる横溝正史が全く気づいていないところに」というのが千街氏の仮説だ。この「作者すら気づかない」という点が肝心で(それ自体オカルティックだが)、幸か不幸かその点が汲まれた映画となった結果、「野村芳太郎版『八つ墓村』は最初から怪談映画として作られた」のに対し『犬神家』は本格ミステリー映画として「なまじ原作に忠実」なだけに「忍び込んだ怪談的要素は却って(略)観客の無意識領域に定着した」と千街氏は見る。鋭く刺激的な指摘だ、ミステリーとして純粋であること〈それ自体が〉ホラーを生んでるということになるから!(笹川吉晴氏ならどう対論するだろう?)日本人の6割が観たというこの映画の影響力は絶大で、その後のクリエイターたちの「確信犯的誤解の連鎖」(千街氏)により、原作や映画の思惑すら遥かに超えて〈犬神家的or横溝的怪奇世界〉のイメージが76年以前より飛躍的に大きく且つ厳然と形成されることになった。…

…ということで前置きが長くなったが(同書を前置きに使って申し訳ないが)、この際原作『犬神家…』もン十年ぶり再読。実は78年版公開時は未読の状態で観覧し事後に読んだため映画のイメージが記憶の中で圧倒的にダブっていたが、今虚心に読むと実はそれなりに相違点があることが判る(勿論千街氏の言うごとく相違以上に忠実さのほうが遥かに大きいのだが)。

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↑ 76年版 琴の師匠=宮川香琴(岸田今日子)と犬神松子(高峰三枝子)。名シーン。

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↑ 後半でこういうシーンもある。障子の陰から琴の稽古を覗く犬神佐清。師匠と松子の位置が上と微妙に違う点に注目。2人の位置が変わったわけじゃなくカメラの位置が違うのだ。このシーン原作との設定の相違を考え併せると興味深い。つまりこの師匠は原作では映画以上のある役割を与えられてるから。

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↑ 岸田は市川崑の贔屓女優だがこの役は出番短いながら個人的にかなり好き。 

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↑ 野々村珠世(島田陽子) 松子 佐清(あおい輝彦?)。映画でのこのゴムマスクは不気味過ぎだが原作では逆に「美しい」とされてる。

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↑ 松子が2度拝む犬神の図。原作にはない。ネット検索すると岡熊臣『塵埃』にある図と出てくるが千街氏によれば吉田禎吾『日本の憑きもの』に再掲された図の孫引きでそれをさらにアレンジしている模様。これの効果はかなり大きい。リメイク版でも使われてたと思う。

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↑ 鬼気迫る犬神小夜子(川口晶)。この牛蛙抱きも原作にはない名シーン(蛙は本物)。

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↑ 湖の死体引き上げの図。左端 角川春樹扮する刑事。

↓ こちらは2006リメイク版での小夜子(奥菜恵)。やはり牛蛙は本物。

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奥菜恵談【小さい蛙を昔飼っていたので大丈夫だと思っていたんですけれども、あの大きな牛蛙には失神しそうになりました(笑)。でも初めは気持ち悪かったんですけれども、演技のスイッチが入ってしまう瞬間があるようで、だんだん可愛くなってきてしまって、そうしたら蛙も私の手の中で昼寝を始めてしまって、本当に可愛かったです】

↓ リメイク版松子(富司純子)と佐清(尾上菊之助)。

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76年版で犬神佐智(川口恒)の恋人役が実妹川口晶なのがどこか倒錯趣味を感じさせたがこちらはそれに輪をかけ実の親子で、しかも原作に「役者尾上菊五郎の家にも斧琴菊(よきこときく)の嘉言がある」と明示されてるので尚更因縁を感じさせる(キャスティング時に当然考慮されたはず)。個人的にはこのリメイク版佐清が好きかも。

↓ 珠世もリメイク版の松嶋菜々子が個人的贔屓。監督市川の趣味かと思ってたがプロデューサー一瀬隆重の推薦らしい。

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↓ ここでようやくドラマ版(1977)。左から古舘弁護士(西村晃) 金田一耕助(古谷) 佐清(田村亮?) 松子 (京マチ子) 犬神佐武(成瀬正) 右奥に佐智(松橋登)がいるが陰で見えない。

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佐武 佐智の殺害状況はわざと映画と変えられてるが最後のこれ ↓ だけは極似(但しある細部が違う)。

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佐清田村亮は毎回名前クレジットされながら最終回までほぼ顔出しなし。京マチ子は映画版の高峰とはひと味もふた味も違った頽唐的妖しさを醸す。高峰が外的な怨霊に憑かれたとすれば京は自らの内に既に怨霊を抱えてたとでも言えるか。他に竹子=月丘夢路 梅子=小山明子と3姉妹女優陣は映画版に負けぬ豪華さ。ドラマは5回連続なので総計4時間近くになり映画にしたら上下相当の大作ぶり、必然竹子梅子も台詞・見せ場とも映画より豊富。
映画では犬神の図がある種呪いの象徴のように使われたが、こちらではそれに対抗してか何やら地獄絵図めいたもので犬神家の不穏な来歴が暗示されてた(出典があると思われるがその方面に疎いため不詳)。
事ほど左様に映画と異なる点多々ある一方で大枠は似通っており(両方角川バックゆえ当然だが)、相乗&競争の意識をともに前面に出して効果をあげてる。『金田一耕助映像読本』によればドラマは打倒映画版の気概で撮られたとか。大作映画一辺倒の新時代を切り開いた角川によって旧時代の立役者監督工藤栄一がテレビで蘇ったのは歴史の皮肉とのことだが(磯田勉)その実その「皮肉」という表現にも肯定的ニュアンスが感じられた。

なお同『読本』で稲垣吾郎版金田一シリーズを演出した星護(柏崎出身)が思い入れを熱く語ってるが、同シリーズはソフト化はないようで残念。小日向文世演じる横溝正史が記憶にあるので視たのもあるはずだが5作あるうちのどれかも憶えてないので…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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