長岡の雨は…

昨夜(9/10)R歩賞授賞式を潜入取材しながらも実家(留守家)のある長岡の雨と水量が気になり時々チェック。というのはすぐ裏手が栖吉川の土手でしかもそのすぐ脇には本流である信濃川が流れ数年前の増水時に避難指示が出たことがあり(結局避難せず)20数年前には土手が決壊しかけて土嚢積みに出た体験があるため(そのときも幸い浸水はせず土手はその後補強)。現在雨はさほどでないようだが中流なのでかなり増水はしてるだろう。が今のところ要避難の地区はない模様。注意報(洪水の?)は依然広域に出てるが警報まではない。

http://www.jma.go.jp/jp/warn/323.html

 

 

実家近辺から10キロほど北に大河津分水 ↓ があり新潟県の洪水災害を抑止している。

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写真の左側が信濃川の上流だが知らない人の目には一見真北への流れがその下流と映るだろう。がそこは信濃川ではなく人工の分水流なのだ(新信濃川)。天然の信濃川下流は右側の細い流れのほうでこれが40キロほど北東の新潟市へ注いでいる。この分流点に堰があり双方への水量を常時調節。

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90年以上前の大工事でこの分水ができるまではここから北側の平野部一帯(=県の主要部大半)では毎年必ず洪水が起こりその度に多数の犠牲者が出ていたという。つまり新潟というところは洪水で人が死ぬのが何百年いや何千年もの間常態だったのだ! 昔は今のように災害があっても大して報道されるわけでもなく当然ながらネットのような周知媒体もないので全国的には(今に至るも)全く知られていないだろう。いや同県内でさえ上流域等別地域では実感できないことだ。その代わりそちらでは下流域の人々には実感できない大雪害があったので、つまり新潟はどこも常時天災だらけでまともに人が住めるところじゃなかったわけで…

 

 

上の写真下側の新洗堰(しんあらいぜき)はエジプト古代遺跡並みの巨大建造物。

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上側の可動堰脇桜並木で毎年おいらん道中が催される(勿論本物の花魁じゃないが)。

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