演歌…


 いつもならこの手のことはスルーするがどうにもモヤモヤして仕方ないので敢えて。

この記事を見て個人的に何より思うのは「演歌ファンとしては演歌は絶えると困るけどでもあんたたちは余計なことしなくていいよいや頼むからしないでくれ!」であって、「演歌が伝統かどうか」とか「本当に保護すべきものは何か」とかいった問題や議論は全くどうでもいいってこと。と言うよりそういうこと以上に厭なのは、演歌ファンを代表するかのような声をあげたのが他でもない「某立場」の人たちだったってことであって、これがもし別の階層や別の分野や別の立場の人たちだったら「いいぞいいぞよくぞ言ってくれたもっとやれ!」なんて思ったかもしれない。

で秘かに想像するに、この記事に対して上のような感想を ↑ ツイートした人たちも、ほんとのところはオレが思ったようなそんな「厭な感じ」と似たものを覚えたってだけなんじゃないか。がここで敢えて言っておきたいというのは、この人たちの感想はそうした「厭な感じ」をストレートに言うんじゃなくて故意か図らずもか別のものに摩り替えてしまってるようだってこと。

「「演歌議連」をやるなとは言わないが」(この「~するなとは言わないが」って言い回しは「するな!」とあからさまに言うと大人げないので婉曲に見せかけたいとき便利そう) 「保存活動が必要なのは民謡の音頭や島唄舟歌、労働歌」…「演歌は戦後確立したもので全然伝統じゃない。最近完成した疑似伝統」…「演歌の厄介なのは、新しい時代や外から入ってきたものについていけない連中が「よりどころ」として、しばしぱでっちあげたがる」…

…何だかどれも如何にも頭のいい人たちが言いそうなことだが、共通しているのは「本物の伝統は大事だが偽物なら大事じゃない」という発想。「戦後」とか「最近」とかのものは大事じゃなくて「戦前」とか「昔」なら大事ってこと? 「島」とか「舟」とか「労働」とか何だか有難みのありそうな字がつく歌は大事だけど「演」なんていう変な字がつく歌は大事じゃないってこと?  演歌は「厄介」で「連中」で「でっちあげ」だけど、ロックやクラシックやカントリーやジャズやブルースやソウルやAKBやももクロやBABYMETALやゲスの何とかは「厄介」だったり「連中」だったり「でっちあげ」だったりするはずないってこと? …

何だかこういう感想を述べる人たちのほうこそがどこか権威主義的だったり保守反動的だったりするように思えてしまって… いや権威主義とか保守反動とか意味よく解らないで使ってるから端的に言い換えると要するにエラぶってるように思えてしまって、ってことだが…いや勿論そんなことはないんだろうけど…

 

要はあれでしょ、60歳過ぎぐらいから団塊ぐらいにかけての如何にもいまだにカラオケスナックで森進一あたりをガナり立てていそうな脂ぎった情弱のおっさんどもってヤだよねーああはなりたくないよねーってだけのことなんじゃね?

 

…とまあ以上、新しいものについていけず「よりどころ」をでっちあげたがってる「厄介な」「連中」の最末端の1匹からのひと言でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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