『元禄忠臣蔵』

シネヴェーラ渋谷〈溝口健二ふたたび〉『元禄忠臣蔵』5/30。

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監督溝口健二だが総監督白井信太郎(松竹重役)となっていてさらにクレジットの監督欄には他にも数人列記されてた、助監督ってのとも違うようだが、超大作のゆえか。前後編に分かれ計3時間半超。とにかく異色ずくめの忠臣蔵で、最大の特徴は何といっても討ち入りシーンが全くないこと! 当初は吉良屋敷のセットまで作って用意してたらしいが、溝口が「チャンバラは要らない」といって撮らなかったとか。従来作との差別化を図り考証重視でやったんだそうだが、それでも討ち入りだけはないというわけには…とはやはり思わざるをえない。しかし作品自体が面白くないかといえばそういうわけではなくて、討ち入り以外のエピソードが非常に濃密で(それはもう濃密すぎるほどに!)これほど興味深い忠臣蔵もないとすらいえる。しかもそのエピソードというのが定番の畳替えや大石の芸妓遊びといったものじゃなくて(御茶屋入り浸りは一応出てはくるがよくやる鬼ごっこなどのシーンはない)、甲府綱豊(市川右太衛門)と富森助右衛門(3代目中村翫右衛門)との悶着とか、磯貝十郎左衛門(5代目河原崎国太郎)とおみの(高峰三枝子)の悲劇的邂逅といったあまり馴染みのない話がくどいくらいに延々と描かれる(因みに個人的には翫右衛門は後年のドラマ版『獄門島』(77)での了然和尚役のイメージが強烈だが、若い頃のこの映画でも顔の特徴が同じなのが印象深い)。またとくに目を惹いたのが浅野大学によるお家再興嘆願の扱いで、大河などでは大体「まず再興第一、それが退けられたら討ち入り」というだけの単純な設定が多いが、本作では「世の目を欺くためとはいえ再興を願い出たのは一生の不覚」と大石が大いに悔いる。つまり世間の判官贔屓を気にした幕府が本当に再興を許しそうになってきたため、浅野家存続を願っていながらそれを自ら反故にする討ち入りをやるとなれば義と理に反するというわけだ。大石が遊興に耽るのもそんな後悔による自暴自棄も一因だったとし、敵(吉良上杉)を欺くためのみとすることの多い他作とはかなり違う感じを与える。だから再興が却下されると大石は深く安堵するのだ、これで本当に討ち入りができると。そんな懊悩する大石内蔵助を演じる4代目河原崎長十郎が素晴らしく、実のところこの人の演技こそが最大の見どころとさえいえる(因みに長十郎という人は後年政治的事情で舞台を離れたとのこと。子供に有名な俳優の河原崎3兄弟がいる)。

ところでこの映画超大作にも拘らず興行的には大失敗だったそうだが、やはり世間が一番期待したはずの(戦時中なだけに尚更)討ち入りを丸々削ったのは大英断すぎたようだ。しかもあまりの不評で溝口がスランプに陥る原因にもなったらしいが、幸い後年復活し世界的大監督にまでなったため、本作も忘れられずに済みDVD化まで果たしている。なお上の写真 ↑ は藩士血判の場とおぼしいが、中央右の黒っぽい裃の役者は面影からして加東大介(当時は市川莚司)と思われる。役は47士の1人武林唯七

因みに個人的には溝口作品は『雨月物語』を見てる(ビデオで)だけだが、本作はテイストがかなり違う気がする、諸事情からして当然といえるのかもしれないが。とはいえどこかに共通要素もあるにちがいないので『雨月』もそのうち再見したい。

元禄忠臣藏(前篇・後篇) [DVD]

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