『狩久全集 第三巻 壁の中』

新保博久@oldmanincorner  41 

ミステリー文学資料館が狩久全集(75000円)を購入。自分で買えないかた、買うかどうかじっくり手に取って検討したいかたにお知らせします。

 

折原一@1orihara  42 

@oldmanincorner  重隅のご老人は「狩久全集」を買いましたか?

 

新保博久@oldmanincorner  43 

@1orihara おカネも置き場所も、そして読破する余命もたぶん無いので断念しました。10年前なら買っていたかも知れません

 

 

遥か昔この新保博久という人に「好きな日本のミステリー作家は誰か」と問われ「狩久と妹尾アキ夫」と答えると「そんなマイナーでくだらないのじゃなくてもっとメジャーなちゃんとした作家はいないのか。好きなミステリー作家なんていないんならいないと本心をはっきりいえばいいじゃないか」と面罵され死にたいほどの屈辱感を受けた(死にたいというのは大袈裟だがここでそう表現したくなるというかせずにいられない気分なのはたしかだ)。以来ミステリーなるものが大嫌いになった。いや元々嫌いだったことにあらためて気づかせてもらったというべきか、その意味では感謝すべきかもしれない皮肉じゃなく正しい意味で。この人とはほぼ同年齢だが癌を患ったおれのほうが余命は多分短いだろう、が読み切れないなどとは冗談にも思わない、よほど大嫌いとか欠伸が出るほど興味が湧かないのに無理矢理読ませられるなんてのじゃないかぎり。『狩久全集』は全集といっても高々7巻、大して置き場所をとるわけじゃないだろうとは本に疎いおれでも買う前から察しが就く程度のことにすぎない。カネといっても高々75000円、無論750円や7500円よりは安くないが、ツイッターでわざわざナントカ資料館が買ったなんていうどうでもいい瑣末事を告知するほどに関心を示している(というより正しくは「関心があるかのように見せかけようとしている」だろうが)人が短いと自覚する余命のためにすら敢えて惜しまねばならないほどのとんでもない高額じゃない。いちいちキーボード打つのもうんざりするほどつまらない言い訳してないで「狩久なんていうくだらない作家のためにビタ一文身銭を切る気はない」と本心をはっきり書いたらよさそうなものだ。

そういえばミステリー文学資料館なるところには元光文社のエラい編集者だった北村一男という人がいるらしいが、昔某誌からのミステリーに関するアンケートに返答したときこの北村という人から「みんなが真剣にミステリーについて考えている場でこんな不真面目な回答は受け付けられない」と返送され、自分としては精一杯真面目に書いたつもりだったがエラい編集者に逆らって生きていけなくなると困るので仕方なくもっと「真面目そうに見えそうな」ものをなんとかでっちあげて再送したら今度は死にたくなるほど恥ずかしい誤植をされ(死にたくなるというのは大袈裟だが気分的にはたしかだ)、「次号で訂正してくれ」と頼んだら「そんな些細なことで訂正なんかしてらんない」と一蹴された、という経験が忘れ難くある。おれがエラい直木賞作家かなんかだったりしたらこんなひどい扱いはされないんだろうなーなどと卑屈なことを思いますますミステリーなるものが嫌いになったし、そういう人がエラそうに事務方を仕切ってる本格ミステリ作家クラブで「ミステリーを真剣に考える」なんてのもバカげてるなーどうせおれあたりが大賞選考とかで真面目に読んで投票してもパーティーとかじゃ投票もしないやつらのほうがデカいツラしてるしなーなどと思って同クラブをやめる遠因にはなったし、という意味ではこれまた感謝したくもあるが、そういう人がいる資料館が『狩久全集』を買ったと知ったときにはなんだかむかむかと吐き気を催した。いったい何のために買ったんだろう、新保氏がいうがごとく「買えない人」のためか? 新保氏が「余命では読み切れない」といっているものをその資料館に通って読破せよというのだろうか?

 

 

『狩久全集 第三巻 壁の中』を読む。ひとつ気になったこと。末尾に「雑誌掲載題」として別タイトルが付されている作品がこの巻ではとくに多く、今まであまり気にとめていなかったがこれは何だろう? と思って「解説」(塚田よしと氏)を見ると「この全集では作者の遺志を尊重しいくつかの作品を作者の考えた原題に戻しています。著作リストの雑誌掲載時の題名のあとに「」で囲んで表記」とある。この〈原題〉とは何なんだろうと思って『第一巻』の佐々木重喜氏による「解題」を見たが狩久の「作品ファイル」「創作ノート」についての説明はあるがその中に〈原題〉についての記述はないような気がした。それと塚田氏のいう〈著作リスト〉というのもどうもどこにも見当たらないような気がするが、おれ何かとんでもない見落としをしてるんだろうか? 今手元には一・二・三巻しかないが(他は長岡)、原題や著作リストとなればかなり重要なことだろうからわざわざ『第一巻』以外の見えにくいところにポツンと記されてるとは考えにくいが… それはまあおれのいつもの間抜けな勘違いだってことが早晩判るだろうからともかくとしても、個人的にはタイトルは雑誌のままでもよかったんじゃないかと思わないでもない(ついでにいえば第一巻末尾で説明されてる〈校訂〉も素人目には少々やりすぎのようにも映る。とくに未知だった門外不出の資料を参照するほど念の入った復刻集であるだけに尚更)。がそれも熟慮に基づいての編纂方針あってのことだろうから致し方ないが。

蛇足だが塚田氏の解説は熱いファン魂が昂じてのことではあろうが聊かの〈趣向ありすぎ〉感を禁じえない。既読の二・六巻の解説(廣澤吉泰氏・佐々木氏)が作家への潔いリスペクトの直截に感じられるものだっただけに。目立つのは狩久だけでいい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

.