末國善己編『国枝史郎 伝奇風俗/怪奇小説集成』(作品社)を読む。
http://www.sakuhinsha.com/japan/24319.html
本書には2つの〈目玉〉がある。1つはアメリカ産パルプ小説集の訳書『恐怖街』の一挙復刻で、もう1つは長篇〈ダンス小説〉『生(いのち)のタンゴ』の初復刻だ。
前者はこれまで翻訳と見せかけた創作ではないかと見られることもあったそうだが、編者末國氏は原典にあたり純粋な翻訳であることをつきとめた。但しその〈原典〉がただ1冊のパルプマガジンであったことから、後年の収集家がよくやるように何冊もの中から傑作を選んで訳出したといったようなものではなく「偶然手にした雑誌をそのまま翻訳した可能性が高い」(末國氏)。これはかなり大きな発見だろう。つまり国枝とアメリカン・パルプの接点はこの『恐怖街』という1点のみにとどまることになるのだ。このことから末國氏は、荒俣宏氏が乱歩・海野・横溝らとともに国枝もパルプの強い洗礼を受けていたと見ているのをやや過大ではないかと指摘する。これはまず正解と見て間違いないだろう。といっても勿論国枝が気の進まぬ翻訳仕事をやったというわけではない。国枝自身「の初期作品を思わせるエロ、グロ趣味が満載」の雑誌だったので、「こうした全体のトーンが気に入って本書を訳したように思える」(末國氏)。事実ヴードゥー・ゾンビに材を採ったロバーツ「地獄礼賛」ハミルトンのSFホラー「獣人」ロングの怪奇ミステリー「死のおもかげ」等、作品の強烈な〈パルプ味〉を訳者が心底愉しんでいるのが伝わってくる。古いパルプ訳の復刻というと先頃の『怪樹の腕』を思い出すが、この『恐怖街』はやはり訳者が高名且つ特殊(?)な作家である点が読む側の感興にも影響するのを否めない。西崎憲・南條竹則・倉阪鬼一郎ら幻想/怪奇小説の創作と翻訳を不可分のように両立させている作家が近年目立つが、国枝はこの1作品集だけでもその遥かな先例のようにも見えてくる。
長篇創作『生のタンゴ』は所謂伝奇・時代物ではない現代(といっても勿論1930年代だが)小説で、分野的には末國氏のいうごとく〈風俗/恋愛小説〉になるだろうが、妖艶奔放なダンサー=ネルリを巡る華麗/苛烈/過激な恋愛(というより愛欲)劇とそれが齎す運命とは、お洒落な都会小説といった趣では到底なくやはり作者得意の伝奇性・猟奇性が横溢している(これまで復刊されにくかったのは〈せむしの子供〉等後年の常識観からはやや問題な要素が多いからかも?)。また〈ダンス〉というテーマは単なる題材ではなく国枝の実生活上の最大の趣味で、その没頭ぶりは巻末のダンス関係のエッセイ群からも窺える。
他に「道誉と名香」「月光骸骨の家」他伝奇短篇7作を補完的に収録しそれぞれに凄絶で面白いが、個人的に関心が強かったのは「侍饅頭」。わが越後長岡藩牧野家の家臣が上意討ちの旅で草津に立ち寄っての事件という話で、史実か純創作か?などとちょっと惹かれたが(おそらく後者)、出来としては集中一番軽めだったのがやや残念。また戯曲4作も短めながら幻想的/リアルと多様で面白し。
本書で末國氏による作品社版国枝集成は一応完結とのことで、高名ながら真の姿の掴みにくい作家に独自の観点と手法で大胆且つ精細に迫り続けた成果に敬意を表したい。
というところで末國氏著『夜の日本史』(辰巳出版。↑ 上の写真左)もいただき、この機に一気読みしたので紹介を。帯文「嘘か真実か、これがもう一つの日本史 歴史を彩った69人の衝撃のセックス・スキャンダルを掲載!」のとおり歴史上の偉人有名人の男女(or男々or女々)関係の醜聞・秘史・艶史・悶史(?)をこれでもかと網羅した異色日本史本で、一見近年沢山ある趣味筋の文庫本にでもありそうなテーマだが、それを上記作品社の仕事のようなアカデミックで硬派なイメージの末國氏が書いたということで「え、いつの間に?」とちょっと意外感が。が『問題小説』誌での連載と知ってなるほどと。但し本書はフィクションからではなくあくまで〈歴史〉に取材するのがテーマ。しかし正史/史料といったものが実はあまり信頼できないというのは常識で、それがこういう醜聞史となれば尚更。そこで著者は日本史版『ハリウッド・バビロン』を目標にとにかく読んで面白い本を目指したが、そういった〈信憑性〉の問題に照らし一面的でなく真逆の史料も紹介したりするところに類書にはない良心性が感じられる。またそれ以上に最大の特徴は随所でそういった史料を具体的に引用紹介している点で、単なる逸話の羅列ではないところが強みになっている。
で肝心の内容は「男色を日本に広めたのは空海か?」「『源氏物語』の作者はレズビアン?・紫式部」「真言立川流の奇怪な儀式に熱中・後醍醐天皇」「男色相手に弁解の手紙を出した名将・武田信玄」「精力剤を愛用した絶倫将軍・徳川家斉」「初代総理のレイプ疑惑・伊藤博文」等々過激なスキャンダラスさの枚挙にいとまなし! とくに歴史の素人が驚くのは、戦国大名にとって家臣との男色関係は主従の絆のため不可欠で常識ですらあったこと! 大河ドラマでしか日本史を知らないでいるとそんな面は全くのパラダイム転換なので、戦国も実は大変(?)だったんだなあなどと妙なことに感心させられたり。また偉人だけでなく鳥追お松など明治期の〈毒婦〉たちやあまりに有名な阿部定は勿論、「D坂の殺人事件」のモデルともいわれる小国末吉など市井の性犯罪者等をも採りあげ詳しく紹介していて参考になる。
というわけで末國さんありがとうございました!

- 作者: 国枝史郎,G・T・フレミング・ロバーツ,サンダース・M・カミングス,エドモンド・ハミルトン,H・M・アッペル,アーサー・J・バークス,フランク・ベルクナップ・ロング,末國善己
- 出版社/メーカー: 作品社
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- 作者: 末國善己
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