F・W・クロフツ『樽 新訳版』

F・W・クロフツ『樽 』新訳版(霜島義明訳 創元推理文庫)を読む。

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クロフツ『樽』は嘗て同じ創元の旧訳版で読んだ、鮎川哲也『黒いトランク』を読んで関心を覚えたときのことだ。といっても両作を比べてどっちのほうがどうとかいうことじゃなく、むしろそれぞれが持つ終盤の怒濤の展開への驚きが強かった。所謂リアリティ派の本格とかアリバイ崩し派といった一般的に言われる共通要素はたしかにあるにせよ、鮎川は『樽』に触発・影響されリスペクトしつつもまったく別の形でその驚きの域に迫ろうとしたように思えた。今回新訳で再読し、この作の核心はやはり緻密な推理・証明〈そのもの〉というよりもむしろそれらが驚きの結末のために欠かせないものになってるところでこそあるのだと再確認した。解説の有栖川有栖氏によればこの作は巷間「スローで鈍重」「複雑すぎ」と言われ、また平成以後なぜか急速に人気後退したとのことだが、後者は歳月による浮沈で仕方ないとしても前者の風説には「?」と思う。もっと遥かにスローで鈍重で複雑すぎな小説なんて世間には腐るほどあるわけで、本書帯の「リーダビリティ」「巧みな構成」の謳い文句は決して看板じゃなく単に本当のことだと感じる。その意味で有栖川氏の「鈍重どころかむしろスピーディ」「読みにくいというのは誤解」の指摘はわが意を得たりで、とくにこの新訳ではテンポ・歯切れよさ・判り易さが強調されてるように思う。本格派と社会派の対立なんてこと(そんなことはほんとは無かったんじゃないかと秘かに思ってはいるが)とは別に、『黒いトランク』『点と線』に始まる現今の本邦ミステリー隆盛の原点の一角がこの作には確実にあるはずで、その裾野にある『相棒』や2サスのファンとしても今回この名作にあらためて触れられてよかった。(ただこの作家クロフツについては他にフレンチ警部物『クロイドン発12時30分』に手を出したがかなり雰囲気の違う倒叙物で──あれはあれで傑作だが──そこで止まったきりになってるのであまりエラそうには言えない…いや既に充分エラそうかな。因みに上の写真 ↑ 左は直前ぐらいに出てたフレンチ物短篇集復刊『殺人者はへまをする』未読)…   いやマジ『樽』は面白い! 

樽【新訳版】 (創元推理文庫)

樽【新訳版】 (創元推理文庫)

 

 

殺人者はへまをする (創元推理文庫)

殺人者はへまをする (創元推理文庫)

 

 

 

 

全くの余談だが昔『幻影城』誌の新人賞選考途中経過欄に「黒仏樽吉」という筆名の人がいて「懐古風の本格物」というような短評があり、いい名前だなパクろうかななんてちょっと思った記憶があるが、あの人はその後どうしただろうか、別名でどこかでデビューして作家になってるのかあるいは埋もれたままか、頭のごくごく片隅で気になってる…