小野不由美『残穢』『鬼談百景』
中島晶也氏からいただいた小野不由美著『残穢(ざんえ)』(新潮文庫)を拝読し、姉妹書とされる『鬼談百景』(角川文庫)もこの際入手し続けて読んだ。
https://www.shinchosha.co.jp/zang-e/
http://www.kadokawa.co.jp/sp/kidan/
小野不由美に関しては大長篇『屍鬼』を文庫化後にやっと読破したにとどまり(『異聞』『黒祠の島』長年積読)全く愛読者と言えないので偉そうには語れない──が『屍鬼』は暗澹となるほど打たれ多々考えさせられた体験なのでこの『残穢』への興味も否応なくそこに繋がる。
映像方面とくにホラーや心霊物で流行の手法にフェイクドキュメンタリー(orモキュメンタリーorPOV)があり、個人的には白石晃士『ノロイ』に衝撃を受けて以来同監督ファンになって『コワすぎ!』シリーズにハマり上映会にまで足を運んだりしているが、その一方で有名な『ブレアウィッチ・プロジェクト』や『パラノーマル・アクティビティ』等はなぜか退屈にしか感じられず、一概にPOVと言っても当然ながら作家性の差や趣味に合う合わないはあるわけだが、ともあれこの手法にホラー・心霊物との親和性があるのはたしかなようで、Youtubeにはその種のものが世界中で溢れ返っている(夏にやる怪奇バラエティ番組がそれらの寄せ集めなのは言うまでもない)。そんなPOVホラーを映像でなく言葉・文章で表現するのが所謂実話怪談ということになるだろう。
『残穢』は言わば実話怪談の淵源を取材する過程を精細に記録した書だが、その性質からこの本自体がひとつの大きな〈それ〉になっていると見ることもできる。中島晶也氏の解説によれば(作者も冒頭でそれとなく触れているが)端緒は20年以上前に始まる某シリーズに関わるという。作者=語り手は平山夢明 福澤徹三ら実在の作家たち(ドキュメンタリーだから実在なのは当然だが)の協力を得ながら憑かれたように過去へと遡及を続け、浮かびあがってくる人々や炙り出される逸話からさらなる遡及へと引き込まれていく。そこで反復される執拗なまでの徹底した具体的記述の連鎖はまさに事実の記録だからこその有無を言わせない冷厳な迫力を生む。
ここで思い出すのがやはり『屍鬼』だ。あの大作でも徹底した具体的記述が執拗なまでに──それはもう半永続的かと思えるほど──飽かず反復されていることに何よりも圧倒された。フィクションという前提があるにも拘らず細部から全体に至るまで凄絶なまでの記録性に隙間なく満ちていた。その厖大なエネルギーはいつしか小説の虚構性をも薄らがせ、むしろ事実以上に強烈な物語として読者に迫った… そんな創作体験を経た作家が、後年の新作『残穢』を敢えてドキュメンタリー・ホラーと呼ぶ──いや勿論実際に惹句をつけたのは編集者だろうが──のは、それが何かの試みへの宣言だからではないか。比較的薄いこの本に傾注されたエネルギーは密度を勘案すれば『屍鬼』に匹敵する質量になるかもしれない。がそのベクトルは決定的に異なり、ドキュメンタリーという前提でドキュメンタリーを書く(自明過ぎる言い方だが)新たな実験になっているように思われる。過去への遡及は歳月の重みだけでなくそれに伴う距離や空間の濃度も加わり曰く言い難い鬱然たる世界が重層的に織り成されていく。「恐ろしさはおとなしく本の中に止まってはくれない。それは紙面から染み出してきて読者を絡めとり、読み終わって本を閉じた後も脅かし続ける」(中島氏)という表現が本書の特質を最適に衝いている。作者はその〈染み出し〉のためにこそこの試みに挑戦したにちがいない。因みに本書中には『鬼談百景』連載誌『幽』編集長(=当時)東雅夫氏も姿を見せる。
一方その『鬼談百景』はこれこそ実話怪談集の趣きで短い話が淡々と羅列されている。九十九篇からなり『残穢』を加えて百物語になる趣向もユニークだが、両作が姉妹書である由縁は一方が連載されているときもう一方も取材進行していたことで、つまり単に趣向と言うより入れ子関係のような作同士と言えそうだ──どちらの中にどちらが入っているかは捉え方次第だが。この『鬼談…』はひとつひとつの談が煽らず昂ぶらずどこまでも沈着な文章で綴られているが、その冷静さはしかし『残穢』の徹底した記録調の冷徹さとは微妙に異なる。稲川淳二氏の解説にある「うっすらとした闇」という表現がぴったりの物静かなどこか優しいトーンで、これぞ怪談語りの王道というものだろう。とくに好みを挙げれば、タイトルも皮肉な冒頭の学校怪談「未来へ」、家屋怪談「鳥」「欄間」、子供怪談「どろぼう」「給水塔」「グリコ」等々──どちらかと言えば謎めいたのが好きだが判り易いものも魅力的なのはやはり作者の文章力故か。私的な理由だが父の死を思い出させる「末期の水」も印象的。ごく短い「胡麻の種」が意外と忘れ難いのは今秘かに集めてる地元昔話集に見られる単純な話の佳さに通じるからかも。
ところで『残穢』は竹内結子主演で映画化されるそうで(既に撮り終え?)来年1月公開。どうせなら現代POVホラーの権化 白石晃士に撮ってほしかったところだが、監督はその白石も関わった『ほんとにあった!呪いのビデオ』シリーズ創始者の1人中村義洋とのことで却って期待大。
ありがとうございました&偉そうに語り御寛恕請!
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