ロバート・E・ハワード『失われた者たちの谷 ハワード怪奇傑作集』(中村融 編訳 アトリエサード)読了。
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ホジスン『幽霊海賊』に続き中野緑氏装画。ハワードに合った妖しくも華麗なイメージ&早くも叢書としての統一感。各収録作扉にもうっすら刷り込まれてる。
編訳者中村融氏はSFのみならずホラー&ファンタジー(※氏自身はファンタシーと表記する)まで広く愛好精通し各分野それぞれで偏向のない卓見とファン魂とを熱く表現している畏敬すべき偉才。本書は中村氏が予ねて『ナイトランド』誌に訳載してきたものを軸として怪奇色の強いハワード作品を集め、この作家のその面での特色を打ち出した傑作集。元々ハワードは最主眼分野であるヒロイックファンタジー自体の中にも強烈な怪奇味を込める作家なので、そこを強調することこそが作家性の本質に迫り得る──というのが編者の狙いと思われる。また怪奇といっても色々な形をとって書かれているので、「そうした複合(クロス)ジャンル的な作品を柱とし」(=訳者あとがきより)その上で多彩さとバランスをも持たせ且つ極力本邦初訳作を多くという行き届いた編纂。
巻頭の「鳩は地獄から来る」は「南部(サザン)ゴシックの傑作」と編者が呼ぶハワード怪奇の代表作。実は拙訳『黒の碑』にも入っているため大変気を遣ってくださったようで「欠かすわけにはいかずあえて収録に踏み切った」「邦題は踏襲した」と最大級の謙譲をしていらっしゃって恐縮するほどだが、実のところ『黒…』は既に復刊未定状態の上に訳者自身読み返す気も起こらないほど誤訳だらけのはずで(笑)、もうひとつの『怪奇幻想の文学』バージョンは大昔の絶版書だし、この際中村氏の名訳で蘇ったのはファンのためまこと慶事。筋もほとんど忘れていたので仕掛けられているツイストの妙味も含めあらためて感慨。「トム・モリノーの霊魂」は珍しい「ボクシング小説仕立ての幽霊譚」(解題より)で小篇ながら星気体(アストラル)への言及がある等単純な怪談に非ず。表題作「失われた者たちの谷」は『ナイトランド』訳載作でこちらはなんと「ウェスタン仕立てのコズミック・ホラー」(解題より)! これも単なるジャンルミックスではない傑作。ウェスタン・ホラーと言うと菊地秀行『邪神決闘伝』が記憶に新しいが、ガンマンたちが殺戮に明け暮れる西部劇世界は怪奇性想像力と実は好相性の様子(未読だがその種のアンソロジーPB1つ2つ持ってた)。「黒い海岸の住民」はSF雑誌初出だが概観としては秘境怪奇物的面白さ。「墓所の怪事件」も『ナイトランド』訳載。編者の言うように探偵小説仕立てとも捉え得るが敢えてそう分ける要もないほどグロテスク味横溢の怪奇力作。「暗黒の男」は殊更興味深い題材。11世紀アイルランドの英雄ターロウ・オブライエンのシリーズ第1作で、コナンのような太古ではないにせよ中世以前しかもかの島の戦士譚となればこれはもうヒロイックファンタジーと呼ぶしかない。事実異民族との血で血を洗う大剣戟さらにその果てには古代の勇者ブラン・マク・モーンとの関わりまで! 他作も期待される雄篇。「バーバラ・アレンへの愛ゆえに」は解題にあるとおり前世の記憶テーマが示唆的な小品。巻末の「影の王国」は超古代王国ヴァルシアのキングカル・シリーズ初作にしてハワードのヒロイックファンタジー第1号であるという。「早くから歴史冒険小説と怪奇小説を融合しようとしてきた試みはここに結実した」(解題より)。絢爛と暗澹が濃密に混交する世界はこの作家の精髄。訳文も冒頭から一段と壮麗に勇躍し思い入れのほどを物語るかのよう。カル王を恐怖に陥れる〈蛇人間〉は個人的には某陰謀説への流れから惹かれる。因みにこの作は国書刊行会版『ウィアード・テールズ』に既訳あるが同叢書中でも最入手難の『2』所収なのでこれも新訳は快事(自分は『2』持ってるものの読むのはこれが初)。
…総じてハワードの多面性とそれに矛盾しない芯髄の一貫性とが表わされた充実の精華集。ラヴクラフトともポーとも異なる独特の狂熱的怪奇世界が最適の編訳者によって蘇った。「十四歳という多感な時期に洗礼を浴びその魅力にとり憑かれた」とは荒俣宏氏級の筋金入り。あとがきも「ハワード紹介の新時代に向けて」と副題するほど力が入ってる。この「新時代」とは、アメリカ本国では「ハワード研究がめざましい進展を見せて」いるのに対し本邦では「二十年以上前の知識が流布しつづける」のみで、そんな現状を打破したいとの思い(中村氏が携わった創元新訂版コナン全集もその表われ)を意味しているようだが、ただそこでの次の一節…
…「『黒の碑』を最後に刊行が絶え、もっぱらクトゥルー神話との関連で語られるようになった」「クトゥルー神話関連の作家として片づける風潮には歯がゆい思いをしていた」…
…というくだりには、いやいやいやいや中村さんその点だけはちょっとと言わざるを得ない。いや別に「『黒の碑』のせいで歯がゆい思いしてんだよ」とかいう意味じゃないとは重々判るが(笑)、ハワードは元々その筋(クトゥルー)の作がごく少なく『黒…』も含め諸アンソロジーに採られてる作は無理やりとかこじつけで含めてるのがほとんどで、その畑の作家としてはむしろマイナーなぐらいじゃないか、実際ハワードをクトゥルーの作家と捉えるなんてことはあまりというかほとんどないんじゃないか──仮にあるとしても今更無名祭祀書とかジャスティン・ジェフリーとか(笑)どの道大した影響力はないだろう。それより何よりハワードと言えばやっぱり今も昔も中村さん自身も関わったコナンこそが不変且つ最大の代名詞なのはまちがいなし! なので作家性の正しい理解が進んでいないのが事実であっても、少なくともそのせいでクトゥルー作家とのみ見なされるというようなことはまずないと…
…とは言えその部分は中村氏一流の考えがあって敢えてするある種の煽りとも思えるし(氏自身クトゥルーファンなのもたしかであり)、同氏の人柄のよさも判ってるので、別に憤懣とかいうんじゃなく──と言うよりオレ自身一部に見られる偏狭なクトゥルー史観?的傾向は疑問視してるほうだし──むしろ忘れられてる『黒の碑』をこの機に採りあげてくださったことにとても感謝しているのである念のため。…
…というわけでそんな思わぬ余禄?をも楽しみつつ、あとがきにある「ハワードの多彩な世界」はまだ「一端に触れたにすぎない」「今後も紹介がつづけられることを願ってやまない」との結びに待望を抱く次第。

失われた者たちの谷〜ハワード怪奇傑作集 (ナイトランド叢書)
- 作者: ロバート・E・ハワード,中村融
- 出版社/メーカー: 書苑新社
- 発売日: 2015/08/07
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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