『カメラを止めるな!』『菊とギロチン』『アルカディア』『ザ・バニシング 消失』『メランコリック』『新聞記者』『ジョーカー』『パラサイト 半地下の家族』『翔んで埼玉』『二人の瞳』

『カメラを止めるな!』(2017 上田慎一郎)

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『菊とギロチン』(2018 瀬々敬久)

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『アルカディア』(2017 J・ベンソン&A・ムーアヘッド)

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『ザ・バニシング 消失』(1988 ジョルジュ・シュルイツァー)※ブログ未記入

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『メランコリック』(2019 田中征爾)

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『新聞記者』(2019 藤井直人)

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『ジョーカー』(2019 トッド・フィリップス)

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『パラサイト 半地下の家族』(2019 ポン・ジュノ)

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『翔んで埼玉』(2019 武内英樹)

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『パラサイト』米アカデミー賞制覇に沸く現時点で…

近年観覧映画中 メジャー系/インディーズ系 混淆乍ら 諸々の意味で〈意外〉なほどの高人気or高評価を得たと言ってよいと思われる以上9作(※『翔んで埼玉』以外全て劇場観覧)を敢えて振り返ってみると…

 

…個人的には結局のところ〈意外〉にも『カメラを止めるな!』が最好感&最面白だったりすることになる。その理由はとなると テーマや展開のみならず 作中の個々のシーンや個々のキャラクター云々にまで及ぶので一概には表わし難いが…

 

…それとは別に 今般相当に気になったことなのでこの際書いておきたいのは…

 

それは「『パラサイト』『ジョーカー』(とくに前者)は貧富格差という社会問題に切り込んだから優れている/高く評価された」といった見方捉え方があるようだが それは何かが決定的に違う ということ。自分が見るかぎりでは 両作ともその面は展開上どうしても必要だから導入されたものであって それを至上のテーマとしたいがために作られた映画では決してない。勿論そうした問題を採り入れるのは推奨されるべきことだし大いに結構なのは間違いないが この両作に関するかぎり「それがあるからこそ」傑作になった──というようなわけのものではない。『ジョーカー』ではラストのあの展開を生み出すためにその面が不可欠だったから自然にそうされたのであり『パラサイト』でもあの結末のためにはそうであるしかないから自ずとそうなったのだ としか少なくとも自分の目には見えなかった。つまり両作とも「あれがあったからよかったが なかったらただの通俗娯楽作になっていた」などと言えるわけではなく あの要素はどちらの場合も映画にとって「ある/ない」という選択が存在する種類のものではなくて 共に映画そのものと不可分であるがゆえにそうなっているにすぎない。…要するにどちらも「ここで一発格差問題でも入れときゃ喜ばれるだろ」なんていう魂胆で採り入れられたものでは当然ないし その逆に「格差問題を訴えたいから ジョーカー(or半地下)でも利用してやれ」みたいな理由で作られたわけでも絶対にない ということを言っておきたいのだ(あまりにも言うまでもないことではあるかもしれないが)。

因みに 9作中で「社会問題」を唯一無二のテーマとして最も(と言っても比較できる作品が他の8作中にはないが)鋭く切り込んでいるのは『新聞記者』。

 

さらに余談だが「貧富格差」に関しては 偶々昨日ラピュタ阿佐ヶ谷で見た旧作『二人の瞳』(1952 仲木繁夫)(※ブログ未記入)が『パラサイト』『ジョーカー』の数層倍深く考えさせられる秀作だったことを付加しておきたい。

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以上 あくまで無能な辺境ブログの蒙昧な個人的感想です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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